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和歌山城の歴史
 和歌山城は、天正13年(1585)に紀州を平定した羽柴(豊臣)秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。その築城を担当したのが、築城の名人藤堂高虎でした。
 その後、秀長の城代として桑山重晴が入り、慶長5年(1600)には関ヶ原の戦いで功をたてた浅野幸長が入城。そして、元和5年(1619)には徳川家康の第10男頼宣が入城し、紀州藩55万5千石の居城となり、以来、尾張・水戸と並び、徳川御三家のひとつとして長い歴史を刻んできました。
 明治となってから和歌山城は和歌山公園として公開され、昭和10年には天守閣が国宝に指定されました。
 その貴重な文化遺産は、昭和20年7月9日の戦災によりその英姿を一夜にして焼失してしまいましたが、市民の熱意と浄財によって昭和33年10月1日、天守閣は見事に再建されました。
 その後も一の橋・大手門の再建や御橋廊下の復元はじめ、整備が続けられています。
和歌山城歴代の城主
和歌山城歴代城主の系図
和歌山城歴史年表
時代・年号
安土桃山時代
1573〜
桑山期 1585
(天正13)
秀吉命で伏虎山に縄張り築城起工
1586
(天正14)
秀長の城代桑山重晴在城する
1596
(慶長元)
桑山一晴城代となる
浅野期 1600
(慶長5)
関ケ原役の功により浅野幸長37万石を領して入城
江戸時代
1603〜
1613
(慶長18)
幸長没したので舎弟長晟城主を継ぐ但馬守と改む
徳川期 1619
(元和5)
徳川家康の第10男頼宣駿府から紀州勢州を加え55万石5千石を領して入城(初代)
1621
(元和7)
和歌山城郭を拡張
1629
(寛永6)
南の丸櫓台、吹上口石垣を晋請
1667
(寛文7)
徳川光貞城主となる(2代)
1698
(元禄11)
徳川綱教城主となる(3代)
1705
(宝永2)
徳川頼職城主となる(4代)
徳川吉宗城主となる(5代)
1716
(正徳6)
徳川宗直城主となる(6代)
1757
(宝暦7)
徳川宗将城主となる(7代)
1765
(明和2)
徳川重倫城主となる(8代)
1775
(安永3)
徳川治貞城主となる(9代)
1789
(寛政元)
徳川治宝城主となる(10代)
1824
(文政7)
徳川斉順城主となる(11代)
1846
(弘化3)
徳川斉彊城主となる(12代)
天守閣に落雷。大天守、小天守その他の建物全焼する
1847
(弘化4)
扇の芝に天守閣再建御晋請場を設けてチョンナ初式を挙行
1849
(嘉永2)
徳川慶福城主となる(13代)
天守閣上棟式を行なう
1850
(嘉永3)
天守閣竣成したので大手一の橋で祝餅撒を行う
1858
(安政5)
徳川茂承城主となる(14代)
1867
(慶応3)
紀州藩改革に際し奧祐筆の田中善蔵追廻門付近で殺される
明治時代
1868〜
1869
(明治2)
藩政ならびに兵制の大改革を行い全国に率先して徴兵制実施
1871
(明治4)
廃藩置県によって廃城となり和歌山藩を和歌山県と改称
本丸・二ノ丸、西の丸、南の丸、砂の丸は兵部省の所轄となる
1873
(明治6)
北島和歌山県令から和歌山城天守閣を20日間県区民に縦覧させる
1889
(明治22)
和歌山中学校が岡山から西ノ丸に新築移転
1898
(明治31)
和歌山兵隊司令部が雑賀屋町東の丁から二ノ丸に移転
1901
(明治34)
和歌山市城郭を和歌山公園として公開
二ノ丸に和歌山県物産陳列場が建設される
1908
(明治41)
二ノ丸に県立図書館建設される
1909
(明治42)
大手一の橋門倒壊
1912
(明治45)
和歌山公園は内勢省から市立公園とするため和歌山市に払い下げを許可された
大正時代
1912〜
1914
(大正3)
和歌山公園設計案を東京帝国農科大学教授本多清六氏が作成する
1915
(大正4)
南の丸に動物園を開園する
これより5カ年で和歌山公園の美化、整備を行なう(本多清六氏の指導)
大正天皇即位記念事業
西ノ丸和歌山中学校舎を仮庁舎として七番丁から市役所が移転
1919
(大正8)
紀州藩祖頼宣公入国300年記念祭
1923
(大正12)
本丸御殿跡に上水給水場設置。大正14年6月完成
本丸御殿跡の「七福の庭」は松の丸に石組みを移す
1924
(大正13)
南堀埋立始まる
昭和時代
1925〜
1931
(昭和6)
和歌山城が文部省から史蹟として指定される
1933
(昭和8)
一の橋苑にラヂオ塔設置
1934
(昭和9)
西堀一部吹上橋跡を埋立て消防署を設置する
1935
(昭和10)
和歌山城が国宝建造物に指定される(大天守、小天守、角櫓、多門倉庫4箇所)
1937
(昭和12)
砂の丸に招魂社(護国神社)創建
1945
(昭和20)
戦災により和歌山城国宝建造物全焼
1950
(昭和25)
二ノ丸にNHK局舎建設される
1951
(昭和26)
和歌山城再建のため本市は5ヵ年継続事業として基金積立を開始
砂の丸に労働会館建設される
1953
(昭和28)
砂の丸に野外演奏場建設される
1957
(昭和32)
和歌山城再建起工式を行なう
和歌山公園菊花展開始
1958
(昭和33)
岡口門が重要文化財に文部省から指定される(文化財保護法)
一の橋樟樹、和歌山県より天然記念物に指定される(和歌山県文化財保護条例)
和歌山城竣成式を行なう
二ノ丸に噴水施設を設置
1959
(昭和34)
二ノ丸に伏虎像を設置
和歌山城納涼ナイター開始
和歌山城で新年を祝うお鏡飾りを開始
1960
(昭和35)
岡口門を解体修復する
二ノ丸広場に球場を設置
1963
(昭和38)
二ノ丸に県立美術館開館
城郭前広場に「まりと殿様」記念碑を設置
1965
(昭和40)
堀浚渫工事を年次計画で開始
1967
(昭和42)
一の橋苑に噴水施設を設置
和歌山公園整備基本計画案を京都大学農学部造園研究室が作成
1968
(昭和43)
桃林、旧民生会館跡に花壇を設置
本年より5ヵ年事業として和歌山公園の整備に着手
動物園改造工事に着手
1969
(昭和44)
二ノ丸広場整備工事に着手
二ノ丸NHK和歌山放送局が小松原通3丁目13番地に移転
紅葉渓庭園復元について庭園文化研究所森蘊工学博士に委託基本計画樹立
1970
(昭和45)
岡口門自動火災警報装置を設置
童話園・水禽園を開園
紅葉渓庭園着工
天守閣で鯉のぼり開始
1971
(昭和46)
和歌山公園写生大会開始
1972
(昭和47)
第7回全国史跡整備協議会大会 和歌山城紅葉渓庭園見学
熊舎開園式
1973
(昭和48)
和歌山城紅葉渓庭園復元整備工事完了
1974
(昭和49)
紅葉渓庭園内に松下幸之助氏より茶室の寄付あり
1976
(昭和51)
桜まつり夜桜用ぼんぼり、提灯設置開始
1982
(昭和57)
一の橋大手門が再建される
1983
(昭和58)
新春初登閣開始
1985
(昭和60)
西の丸庭園(紅葉渓庭園)が名勝に指定される
平成時代
1989〜
1994
(平成6)
ツキノワグマ「ベニ―」飼育開始
2006
(平成18)
御橋廊下が復元される
2011
(平成23)
動物園サポーター制度開始
「和歌山市の偉人先人」コーナー展示開始